優しく星ぞ降りしきる

 

明日2月14日は、聖バレンタイン・デー。
昔ローマで、禁止されていた兵士達の結婚を密かに執り行っていたキリスト教の司祭・聖バレンタインが殉教した日に因み、日本では女性から男性へチョコレートを贈り、愛を告白する日になった、らしい。4年程前帰国した時に、初めて友達になった女の子が眼を輝かせながら教えてくれたのを思い出す。

──でも私には、他人事のよう。

チョコレートを贈りたい男性(ひと)がそばにいない私は、そう思っていたけれど。
心の底から溢れ出す、貴方に逢いたいと言う想い。

──それは、ただ一つの……。


「……で?何故私が去年に引き続き、男子テニス部員に渡すチョコを作らなくちゃならないワケ?」

青春学園中等部3年・は、対面式のキッチンに立ち、作業の手を休める事無く前述の”初めて友達になった女の子”、そしてそれ以来ずっと親友付き合いをしているをジト眼で見遣る。するとは悪怯れもせずに、

「いーじゃな〜いvv桃や海堂、越前や荒井に至るまで、アンタの手作りチョコ、楽しみにしてんだからさっ!!!」

自身の顔の前で両の掌を祈る様に合わせると、を上目遣いに見た。は昔からこの親友のおねだりに弱い。

「それに明日は〜、菊丸センパイや不二センパイ、乾センパイ達も遊びに来てくれるって言ってました〜」
「えっ?でも高等部のテニス部も練習あるんじゃないの???」

驚いて眼を瞠るに、

「きっと〜、センパイのチョコ目当てですよね〜vv」

妙に間延びしたイントネーションでそう言うと、繭は頬にチョコをつけた人懐こい笑顔をに向ける。その仕草が余りにも愛らしくて、抱きしめて頭を撫でたい衝動に駆られるのだが、今はそんな場合では無い。

「……こりゃ大変」

はとある先輩の口癖を真似ると、遠い眼をした。先輩達だって明日は沢山チョコを貰うだろうに、どうして私のチョコまで欲しがるんだろう……と言うか、マネージャーはと繭ちゃんだから。私は只の剣道部員だからっ!!!
女子の聖戦(とが言っていた)、バレンタインデーの前日。青学男子テニス部のマネージャーであるは、部員全員に渡す為のチョコレートを手作りする為に、1年後輩のやはり男子テニス部マネージャー・里中繭と共に、部活後一人暮らしののマンションに押しかけていた。一昨年は、その当時3年生だった先輩マネージャーとチョコレートを作ったらしいのだが、去年は一人。しかも生来不器用なは、大量の材料を前にどうして良いものやらパニックを起こし、に助けを求めて来た。そして結局今年も手伝わされる羽目に陥ったのだ。
が作り終えたトリュフやロシェを、真剣な表情で懸命に個々のケースに詰めている繭を見て、は思わず微笑んだ。繭ちゃんはリョーマに片思い中だからなあ…。リョーマはモテるし、桜乃ちゃんや朋香ちゃんていう強敵もいるし、大変だ。だが繭の一番の強敵(ライバル)は自分自身だと言う事実に、思いっきり気付いていないだった。

「繭ちゃん、リョーマに渡すチョコは作ったの?」

お節介心を起こして声を掛けると、

「はいっ!!!先輩、コレですっ!!!」
「……」

元気一杯、満面の笑みで差し出されたチョコは、少し…いやかなりいびつなハート型。だがそれはまだ良い。問題は色。これは…一体何色?強いて言えば青酢とペナル茶(ティー)を足したような、はっきり言って得体が知れない色。繭ちゃん、いつの間にか乾先輩に弟子入りでもしたのだろうか?でもまあ心がこもっているのだから良しとしよう。味は間違いなくチョコレート……だと思うし。……うん、多分。

「じゃあ、また明日ね」
センパイ、有り難う御座いましたっ!!!」
「うん、お疲れ。気をつけて帰ってね」

繭迎えに来た父親の車に乗り込むと、に大きく手を振る。はと言うと、右手に綺麗にラッピングしたチョコレートを詰め込んだ紙袋を持ち、左手の一回り小さな紙袋には、繭同様、空き時間にちゃっかり作った本命用特大ハート型チョコを入れ、マンションのエントランスまで迎えに来た大石と共に、月明かりの夜道を楽しそうに帰って行った。
青学テニス部が死闘を繰り広げたあの全国大会の直前。が不二との関係を幼馴染に戻し、大石と付き合い出したと聞いた時はかなり驚いたものだが、こうして見ると、ずっと以前から決められていたような、当たり前のような、そんな自然な空間に二人が包まれているような気がした。正直、羨ましい。

──良いなあは。大石先輩は去年青学の高等部に進学したから、4月からまた一緒の学校だもの。

二人仲良く肩を寄せ合って歩いて行く親友と先輩の後姿を見送って、は小さく息を吐くと夜空を見上げる。明日は上弦の月と言う時期で光量が比較的少ない所為か、冬で空気が澄んでいる所為か、いつもより星が多めに輝いている。この空は、たとえ色が違えども、彼の人が一人戦っている遠い異国の空にも繋がっているのだ。そう思うと寂しがってなどいられない。──共に戦うと約束した時から。
2月の寒さに震える肩を自分で抱き締め、は惨状と化したキッチンを片付ける為、部屋へ戻ろうと踵を返したその時。


視界の端に捉えた人影に、は一瞬息を呑む。1メートル程離れた場所に立っている街灯は消えかけていて、辺りは暗いが、絶対に見間違えたりしない。慌てて背後を振り向く。

「──?」

聞き慣れた、低く深い、でもはっきりと自分の名を紡いだ声。は耳を疑った。一気に心拍数が上がり息苦しさを覚える。の視線の先には決してこの場にはいない筈の、けれどの黒曜石の瞳に映る姿は、紛れも無く彼女が逢いたいと切望していた愛しい男性(ひと)で。

「……て、手塚、先輩…???」

それでもやはり半信半疑でおずおずと声を掛けると、コート姿の長身がこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。それにつれておぼろげだった表情もはっきり判じられたが……何だろう?……眉間に皺が寄ってる……???

「何故そんな薄着で外にいる?風邪をひくだろう?」
「え…?あ、あれ???」

手塚に指摘されて、は初めて自分の服装を確認する。薄手の、しかも肩のラインが出るセーターにエプロン、一応足首までのロングスカートを身に着けていたが、上に何も羽織っていない。通りで寒い筈だ。

「あ…えと…これは、ですね、今ちょうど、と繭ちゃんが帰って…見送りに出てきて…。それよりも先輩…何故、ココに?」

まだ状況を把握し切れていない頭で、は正面に立つ手塚を見上げると首を傾げる。

「ああ、夜分遅くにすまない。飛行機が遅れてこの時間になってしまった」
「そうだったんですか……って、そうじゃなくて先輩っ?!!!帰国するならそうと連絡下さらないとっ!!!迎えに行きたかったのに…???」

唇を尖らせたの抗議は、しかし最後まで言わせては貰えない。突然腕を取られて抱きしめられて、の華奢な躯はすっぽりと手塚のコートの中に収まってしまっていた。

「せっ、先輩っ!!!ここ外っ!!!往来ですっ!!!」

顔を赤くして抗ってみれば、

「大丈夫だ。誰も見ていない」

上着代わりだ、と僅かに口角を上げた意地悪気な笑み。
子供扱いは不本意だったが、やがて訪れた心地良い感覚に、は瞳を閉じて両腕を手塚の背中に回すと、その胸に顔を埋めた。頬を打つ手塚の心臓の規則的な鼓動に、存在を確信する。

「……暖かい。本当に、先輩だ……」
「…俺でなければ何だと言うんだ?」
「だって、いつも突然なんですもの」

頬を膨らませたの表情は、途端に幼くなる。頭上で手塚がふっと微笑(わら)った。眉間の皺を消して、の髪に頬をすり寄せる。……え?どんな時にでも沈着冷静を座右の銘にしている(かどうかは良く解らないけれど)この人が……甘えてる???

「本当はお前の卒業式に合わせて帰国するつもりだったのだが…」
「…はい」
「…何故か」
「はい」
「…無性に」
「……先輩?」
「…お前に逢いたくなった」

返事の代わりに、は手塚の背を抱きしめる腕に力を込める。この人も自分と同じ気持ちでいてくれた事が、嬉しくて──眩暈がする。
なのに、

「…先程から妙だと思っていたのだが」
「……へ?」

間の抜けた声を出して手塚の胸から顔を上げれば、そこには端整な眉を顰めた青年の面。

「お前、熱があるのではないか?」

自分を見上げるの、潤んで充血した眼、紅潮した頬、抱きしめた躯がいつもより熱い。それらを総合して手塚が導き出した答。

「…あー、そう言えば、今日は朝から喉が痛かったかも…」

さっき眩暈がすると思ったのは、もしかして半分は熱の所為だったのかな…?思い当たると、糸の切れた操り人形の様にくたりと力が抜けた。手塚は崩れ落ちるの躯を受け止めると、己の額を彼女の秀でたそれにつける。燃えるようなとはまさにこの事だろう。

「言わない事ではない。仮にも医者を志す者が、自分の体調管理位できなくてどうするっ?!!!」
「……面目、ナイです…」

珍しく声を荒げる手塚に、は申し訳無さ気に微笑もうとするが、襲ってくる悪寒の為巧くいかない。手塚は左腕でを支えながら、右手でコートの裏ポケットから携帯を取り出すと、手際良くある番号を探し出す。

「……大石か?手塚だ。夜分遅くにすまない。……ああ、今は日本だが積もる話は後だ。こんな時間で申し訳ないが、章高先生に往診を頼めるだろうか…?いや俺ではない。が突然熱を出して……ああ、頼む……」

折角先輩が逢いに来てくれたのに。折角逢いに来てくれた先輩にチョコを渡したいのに。私ってば何でこんな時に熱が出るんだろう。情けなさに泣きそうになるの躯は、訝しむ間も無く青年の両腕に抱え上げられてしまった。

「…心配はない

優しく、暖かな声音が耳朶を打つ。

「お前には、俺がいる

意識がブラックアウトする瞬間、の視界に映ったのは、誇りと見果てぬ夢を見据えた強い瞳と、夜空から優しく大地に降りしきる星の欠片(かけら


──奇跡でもなく、魔法でもない。それはただ一つの、二人の……。

 

−Fin−

 

(2008/02/13)

 

後書き:みちえ様
相互リンクの記念に、おみち様からリクエスト頂きました、手塚ぶちょーとちゃんです。微妙に未来夢。
折角この時期なので、VDネタを書かせて頂きましたが、どちらかと言うと甘いモノよりB級アクションの方が書きやすい私(←何故夢書きしていると言うツッコミはお許しを〜)。
見事玉砕してしまいました。くそう、オチが無い(涙)
おみち様、こげなブツで宜しければどうぞ貰ってやって下さいませ。返品可です(笑)。これからも仲良くして下さいませvv

みちえ様、素晴らしい夢をありがとうございましたv
嬉しさのあまり、PC前でヤッホーイ、ヤッホーイ!
甘える手塚を見てみたい。これからもよろしくお願いします!