…くそっ。

 

焼き餅焼くとて手を焼くな

 

俺らしくなか。たかだかチョコひとつで苛立つなんて。
詐欺師じゃろ、俺は。情けないのぉ。
その日、仁王雅治はの手の中にあるチョコに悩まされていた。
青いリボンのかかった、綺麗な包装。
その小さい箱は一体誰のために用意されたのか。
当の本人は隠しているつもりだが、仁王の目敏い目からすればバレバレだ。
女子の輪に交じり、よく笑う彼女を見ていると、身体がソワソワしてくる。

(駄目じゃ、教室におれん。)

仁王は気怠そうに教室を出ていった。



流石に屋上は寒くておれん。かといって今いる廊下も相当なもんじゃ。
二月だから、多少湿気があり、きき過ぎる暖房で吐き気のする教室にいたいところぜよ。
じゃけど、あのチョコひとつの為に居場所がない。
もし俺じゃなかったら…と考えるだけでイラッとくる。いっそのこと…
あれこれ考えていると横から女の子が数人やってきた。

「あの…仁王先輩。」
「ん?なんじゃ?」
「…これ、受け取ってください!」
「あぁ、ありがとさん。」

仁王はこのやりとりも何度やったことか。大抵気のある奴じゃないことは明白。
いい加減、ホワイトデーのお返しがめんどくさくなってきたところだ。
今年で卒業なので、それでバレンタインデー全てのチョコを誤魔化してしまおうと企んでいた。
から受け取ったときは別として。
廊下は何の防護壁もない。数分もすると自分の周りに女子の人集りができていることに気がついた。
この場を逃げだそうと教室へバックする。教室の匂いが入室を拒む。
だが、これで少なくとも1・2年生は入れまい。
チラリと横を見る。と目があった。箱が手中にあるかどうかを確かめて席に座った。
今年はどこにいても地獄ぜよ。外にはワラワラ、内にはイライラ。仁王は深くため息をついた。
せめて内だけでも無くなれば少しは楽なんじゃが…

「仁王くん、チョコいくつもらったの?」
「56個。」
「すごーい、モテモテだね。」

去年は向こうから話しかけてきたのに、今年に入ってからまだ一つも会話らしい会話を交わしていない。
こちらから話しかけようとも、チョコの行方が、どうしてもチョコの行方が邪魔をする。



今日ラストの授業は体育だった。教室はもぬけの殻。仁王の中の悪魔が動き出した。
結局この時間まで渡されなかったのチョコを、彼女の鞄からこっそりと抜き出した。
抜き取った瞬間、我に返る。

「俺、なにしとるんじゃ…」

慌てて元に戻そうとするが、手がピタリと一ミリも動かない。
なぜだろう、本当に動かない。
手を引っ込めると、もう片方の手がゆっくりとリボンに伸びていき、スルリと解いてしまった。
中を開けると手作りのチョコに、少し焦げたクッキーのお出ましだ。
これを他の奴らに渡しとうない。
中身を全て平らげると、箱を手でクシャリと握り潰した。
これで、仁王の心配事はキレイさっぱり無くなった。…いや、そんなこともない。
大事なのは、渡そうとした相手だ。



「あれ?」
「どうかした、。」

異変に気がついたのは放課後だった。
思い人に気持ちを伝えようと決心した矢先の出来事だ。
あれほど頑張って作ったチョコレートとクッキーの箱が見あたらない。

「確かにここに入れたはずなのに…」
「他の鞄は?」
「探してみる。」

親友のが自分のことのように気にかけている。
それもそのはず、バレンタインは年に一度のチャンスだ。
それに、中学三年である以上、卒業前に自分の気持ちにケリをつけたいのは痛いほどよくわかる。
この様子を仁王は教室の外からひっそりと覗く。

(さぁて。どうするか、見物じゃな。)

ククッと笑いながら、必死に探すを見つめた。
俺を悩ます相手を言いんしゃい。

「…ない、ないよ。私、あれがなくちゃ告白なんて無理だよ…」
「泣かないで、。どこかに落としたかもしれないじゃない。私、さっき通った道さがしてくるから。待ってて。」
「…いいよ、そこまでしなくても。」
「約束したでしょ?覚えてないの?が仁王くんにチョコ渡すついでに告白するっていうから私も頑張って□くんに告白したのに。一人で逃げるなんてズルい!」

仁王は耳を疑った。今、誰の名を呼んだ…俺?バカな。
ズボンのポケットから紙くず同然の箱を取り出した。

「これが…」

必死で元の形に戻そうとするが、そう易々と直るものではない。
傷ついた箱は脆くなっていく。

「何しとるんじゃ…俺。」

カッコ悪。

ちゃんは、良かったじゃない。OKもらえたんだから。私があきらめたら済む話から、だから…もういいよ。」
「…許さない。」
「え?」
「次にあきらめるなんて言葉、口に出したらぶっ飛ばしてやる。」
「ちょっと、どこ行くの!?」
「さがしてくる!」

は勢いよく教室を飛び出した。
そのまま我が友は廊下の反対側へと消えてしまった。
一人残されたは唖然としていた。

「はぁ〜。」

このままを置き去りにして家に帰ってしまおうか。その方がずっと楽だ。
けれど、それは逃げているに過ぎない。どうすれば…
ガラッと扉の音が、しかいない教室に響き渡った。
振り返ると、そこにいたのは…

「仁王君!?」
「なんじゃ?そげに驚かんでもええじゃろ。」
「何か用事?」

突然の出来事に、必死に頭をフル回転させる。

「あぁ、ちょいと忘れ物をな。」
「忘れ物?」
「ここじゃき。」

仁王はゆっくりと近づいて手をの顎に添えた。
そしてそのまま綺麗な目をのぞき込んだ。
はこの状況をのみこむ前に、ひとつ気がついたことがあった。

「そのリボン…」

仁王の髪を束ねていたそれは、紛れもなく自分の探し求めた箱のリボンだった。
言うのが先か、行動に移すのが先か、仁王はを抱き寄せ、こう言った。

「すまん。チョコを盗んだのは俺なんぜよ。」
「!」
「お前さんが誰に渡すのか、朝からずっと気になっとった。じゃけぇ、どうしても他の奴らに渡しとうないから…奪った。情けない話じゃ。嫉妬…しとったんじゃろな。悪いことしたと思うとる。」
「さっきの話は…」
「あぁ、聞いとった。あんなに困らせてしまうと思わんかった。…こんな俺でも、まだ好きか?」
「…うん、好き。大好き。昨日どれだけ時間かかったと思ってるの。バカ、仁王。」
「うまかったぜよ。」

彼からの少し早いお返しは、甘いチョコレート味。

 

−Fin−

 

(2008/02/16)