常に永四郎が2,3歩先を進んでいて

 

指定席

 

一緒に買ったお揃いの自転車の片割れにまたがって、は困惑していた。

「えいしろー、これ進まないよ。」
「鍵がかかってますよ。…これで動きます。」
「あ、ホントだ。」

気を取り直してハンドルを握る。初の運転は誰でも緊張するものだ。手に汗が滲んでいた。
自転車の後ろが気になって、は再確認する。

「ちゃんと持っててね。」
「当たり前ですよ。怪我されたら困りますから。」

ペダルに足をのせ、こごうとする。怖い。
思い切って右足に力を入れてみた。初めての感覚に手元が疎かになって車体がぐらつく。
倒れる、そう思った。けれど、えいしろーが支えてくれたから倒れなかった。

「まっすぐ前を見て。あの自転車をまずは目標にするといいですね。」
「あの、えいしろーの青い自転車…」

20mほど先にある。あそこまでこの自転車を漕いでいけるだろうか。
再びペダルを踏んだ。腕にめいっぱい力を入れて踏ん張るが、進まないうちに倒れてしまう。

「できないよ。えいしろーはすぐ乗れたのに…」
「乗れるようになるまでかえしませんよ。今日は一緒に乗って帰るんですからね。」
「えぇー?」

もうやめた、といつもの飽き性が出そうになったが、えいしろーの目は真剣だった。
そら、というかけ声に背中を押された気がした。慣性で後ろに身体が少しのけ反った。
こけて、こけて、何度も自転車を立て直す。そうしているうちに膝を擦りむいてしまった。
砂が傷口と混じって少々グロテスクになっている。
すぐそばの水道で洗って綺麗にする。傷口にしみた。あまりの自分の情けなさに涙が出る。

「えいしろー、やっぱり乗れない。」

日はとっくに暮れていた。
あたりは薄暗い闇に包まれつつある。家に帰る時間はとっくに過ぎていた。

「仕方ありませんね。」

えいしろーはの自転車を立てて鍵をかけると、自分の自転車にまたがった。
私を置いて本当に帰っちゃうの?と不安になってきた。

「帰りますよ。」

あぁ、やっぱり帰っちゃうんだ。何もできない私を置いて。
ペダルを横から思いっきり蹴ったら、靴の裏が滑って更に傷を増やしてしまった。

「何してるんです、早く。」
「…私、乗れないよ?」
「自分でこげないなら、俺がこげばいい。」
「えいしろーが?」
「後ろに乗りなさい。ちゃんと掴んでるんですよ。」

えいしろーの運転は意外とゆっくりだった。
今思えば、怪我をしていた自分を気を遣ってくれたのかもしれない。
いまでも永四郎の後ろは私の指定席。

 

−Fin−

 

(2008/09/24)