いつもの練習を終え、久しぶりに通っていたテニスコートに寄った。
都大会でのあれこれでハードトレーニングは観月さんに禁止されてしまい手持ち無沙汰だから他人の練習を眺めてイメトレをしようとテニスコートを回る。
新人戦に挑むのだろうか、まだ暑い中、滝のような汗をかきながらコートを縦横無尽に走り回る初心者らしき姿も多い。
その中に、一人の女性の姿が見えた。

「あれ、…?」

遠くからだが間違いない。自分の彼女の姿が見える。
彼女はテニス部ではなかった筈なのに、ラケットを必死に振り回している。

(あ〜…フォームがなっちゃいないな。筋肉量足りないのに無茶しちゃいけないだろ…)

兄貴が観月さんに威嚇したときもこういう気持ちだったのかな…と思いつつ、に手を貸しにコートへと向かった。

「おーい、お前…」
「違うよ、もっと腰を入れて、膝も曲げて」
「!?あ、兄貴!??」
「やあ、裕太。会えて嬉しいよ」

爽やかな笑顔でこちらを振り向いた兄貴。
いや、正確には俺の彼女のの腰を持ってこっちを満面の笑みで振り返る兄貴。
それだけで俺がキレる理由には十分だった。

「兄貴っ!!人の彼女に何してんだよ!!?」
「え?テニスを教えているだけだけど?」
だ!何密着させてるんだよ!!?」
「え?あ、本当だ。ごめんね、最近毎日周助さんにテニス教わってて特に意識してなかったから…」
「……っ!!なら俺に聞けば良かったじゃねーかっ…!!」

俺が兄貴よりテニスが弱いから?
俺より兄貴のほうが格好良いから?
考えれば考えるほど自分が惨めに思えて、気がつけばその場から走り去っていた。

*****

「あらあら、それで家に帰ってきたの?」
「ああ、そうだよ、寮に戻ったら先輩たちに八つ当たりしちまうし…」

人の恋愛事情に首を突っ込むことが大好きな先輩たちのことだ、間違いなく俺の神経を逆撫でするだろうし、俺もそれを受け流すだけの心の余裕がない。
それにこういうときに一番頼りがいがあるのは由美子姉さんだ。
焼きたてのチェリーパイをむぐむぐと食べて荒れた気分を落ち着けながら先程の出来事を話す。

「事情は分かったわ、でも一番重要なところが抜けてない?」
「重要なところ?兄貴の過剰なスキンシップか?」
「違うわよ、もう!そこに自分で気づけないようじゃ、彼氏失格よ?」
「えっ!?失格!??」

それは嫌だ、と先ほどまで怒りで真っ赤だった顔を真っ青にして慌てふためく裕太を見て、そういうところが可愛いんだろうけど、と笑みを浮かべながら由美子は話を続ける。

「ヒントは、後ろの彼女よ」

ヒントを求め勢い良くぐりんと首を回した裕太は、後ろの人物にまたもや慌てふためいた。

!?なんでお前ここに…!」

彼女は汗だくなのに着替えもせず、テニスウェアのままちょこんと立っている。
何故寮じゃなく実家に?
なんで家のなかに入ってきているんだ?
電話じゃなくて?と様々な疑問が浮かび思考が混乱する。

「あの…勘違いさせたと思って寮に電話かけようとしたら、周助さんが裕太なら家に帰るだろうからって…」
「…兄貴が?」

兄に関する言葉に過敏になっている裕太は顔をしかめた。
が、ふと姉の言葉を思い出す。
一番重要な、彼女のこと…そういえば、ケンカ別れしたあとはひたすら"兄貴が"とばかり叫んでいたような…

「…
「何でしょうか…」
「お前は、ちゃんと俺の、不二裕太のことが好き…なんだよな?」
「当たり前!何を今さら弱気になってるの」
「俺も、のことが一番好きだ。だから…」

に向かって数歩歩みでる。
少しビクッとしたに向かい、少し筋肉がついた腕をすっと伸ばした。

「兄貴とじゃなくて、俺と毎日テニスして下さい…!」

少しの静寂。
差し出した腕が震える。
そっと窺うように顔を覗き込んだら、そこには満面の笑みがあった。

「勿論。お願いします!」

彼女の言葉に裕太もまた花が咲いたような笑顔を見せた次の瞬間。

パシャパシャパシャ

(…は?)


「見出しは『裕太、ついにプロポーズ!』でどうかな?」
「プロポーズにテニスなんて…フフフッ…!」
「ちょっ…ちょっと待て!何を撮ってるんだよ!!」
「そもそも彼女、裕太とテニスをするために僕にテニス教わってたのにねえ」
「それを勘違いするなんて…青春よねえ」

笑いが止まらない二人を目の前にしてはポカンとし、裕太は再び顔を真っ赤にした。

「はあ!?そこから知ってたのかよ!!」
「だから気づけって言ったでしょう?まさかこんな告白になるとは思っても見なかったけど…フフフフッ…!」
「あ、姉貴ィ〜……」

たじたじな裕太の横で、周助はにそっと囁く。

「君も夜ご飯食べていくよね?新しい僕の妹さん?」
「えっ!?」
「夕食、ちゃんと君の分も用意して貰ってるんだ。今ならラズベリーパイも焼きたてだし…」
「い、いただきます…!!」
「こら!何食べ物につられて…」
「裕太も食べるでしょ?」
「……食べる」

さっき食べてたのにという視線を周囲から受けつつも甘くて美味しいものには勝てない。
それに勝手に怒鳴ってしまったばつの悪さもあり、素直に欲求を伝えた。
そんな裕太を見て、周助はふんわりと微笑む。

「ほら、やっぱり。皆由美子姉さんの料理大好きだから。新しい家族の君も含めてね」
「か、家族…ですか…!?」
「うん、かわいい僕の裕太と、裕太の奥さん、でしょ?」
「…そうだ。でも兄貴といえど困らせたり泣かせたり、あと過度なスキンシップも禁止だからな!!」
「うーん、最後のはどうしようかな?」
「ちょっと二人とも!止めてください恥ずかしい…」
「あ、もちろん君は毎朝味噌汁つくるんだよね?」
「え!?毎朝!??」
「だからを困らせるなって…!!」

大所帯での笑顔溢れる食卓が日常になるまで、あともう少し。

 

幸せな食卓

 

−Fin−