風を切って自転車を漕いで行く先に、虹色の球体が現れた。

 

Sabao

 

流れに身を任せてふわふわと浮かぶそれは、私の足を止めた。
目の前に立ち塞がるや否や、風に煽られて遠くへ去った。下方から新たなシャボン玉がやってきた。
見下ろすと制服姿の銀髪が生み出しているらしい。あのシルエットは…

「仁王?」

名を呼ぶと、おぉ、とこちらに向かって手を振ってきた。こんなところで一体何をしているんだろう?
自転車を止め、堤防をおりると、声をかける前と同じようにシャボン玉を吹いている。

「こんなところで、何してるの、誰か待ってるとか?」
「これで遊んでいたんじゃが。」

吹き口から新たに大きなシャボン玉をしながらそう応えた。中三男子が?ヨーヨーやコマじゃなく?
相変わらず奇想天外な回答をしてくる人だ。堪えきれない笑いを思わずぶちまけてしまった。
している行動は幼稚園児と変わらないはずなのに、その横顔が絵になっていた。
吹き口から生まれ、ぐるぐると対流するカラフルな空気。

「空のイリュージョンじゃ。」

はい?と返事をする間に、ぽこぽこと数は増えていく。空色との対比が美しく感じていた。
そう名付けたいのもわかる気がする。しばらく時が経つと儚く消えていく姿は少し物悲しい気もするが、そこも彼の言う“イリュージョン”っぽい。

「ほれ。」

シャボン玉のひとつを手に取ると、仁王はこちらの手に乗せた。

「すごい、割れないんだ。」
「そういう、ばぶれもんもおるんじゃ。」

ククッと喉を鳴らすと、また吹きはじめる。
受け取ったシャボン玉越しに覗いて、仁王を閉じ込めてみた。
こんな綺麗な硝子玉が世の中にあったなんて。自分の世界に入り込もうとしかかっていたのに、閉じ込められた人物が殻を破って外に出てきてしまった。

「ちょっと、なんで割ったの!」
「お前さんが一人だけで楽しんじょるのが妬ける。」
「目に優しいものを見ていて何が悪いのかしら。」
「恥ずかしげもなく目の前でよう言えるもんやの。お前さんのそういうところが面白いと思うぜよ。」

仁王はこちらを向いて、勢いよく息を吹いた。小さなシャボン玉たちが私を襲う。
顔の周りに漂うシャボン玉を手で仰いでどかすと、仁王の顔が目の前にあった。焦点があわず、数秒動きが止まった。

「さぁて、お前さんだけが楽しんでいる時間は終わりじゃ。」
「…すぐに消えたら、許さないよ?」
「ばぶれもんになるしかないのぅ。」

綺麗な瞳は、今まで見たどのシャボン玉よりも煌めいていた。

 

−Fin−

 

(2017/09/18)

友人のイラスト本に寄稿した作品のため、名前変換はありません。