眠たい眼を見開いて駆け込んだ車両は人いきれに包まれていた。
自分の後から後から駆け込んでくる乗客。
邪魔になる大きな荷物を足元に置く学生。
足の踏み場が瞬く間に侵食されていき、はバランスを失った。

 

play it cool

 

「おっと。なんか降ってきよったで。」
「け、謙也?!」
「おはよう。こっちスペース空いとるで。」

後ろ向きに倒れたを立て直し、謙也は自らの近くへ引き寄せた。

「ありがとう。謙也がいなかったら恥ずかしいことになってたわ…」
「ほっといた方が面白かったかもしれんなぁ。」
「そんなに私を笑いもんにした…ヒッ」
「ん?どないしたんや?」

急に表情が強張り、一瞬で笑顔が消えさった。の様子がおかしい。
唇を震わせながら、謙也の服の裾を掴んできた。

「ち…ち…」
「ち?」

今にも泣き出しそうなくらいの瞳は濡れ光っている。
謙也がチラリと視線を落とすと、目が2倍に見開かれた。
の股の間から人の手がヌッと飛び出していたのだ。
手は厭らしい触り方での内股を撫でている。

(痴漢…!)

謙也は伸びている腕をガッチリと掴むと、すぐさまから引き離した。
掴まれた手は逃れようと必死に抵抗してきた。

「おっさん、往生際が悪いで。次の駅で降りや。」

駅に着くと、おっさんを捕えたまま駅長室へと向かった。
おっさんを引き渡し、すぐさま学校へ遅刻の連絡を入れた。

「では、この人が1つ前の駅に乗った直後に、痴漢行為をされたんですね。」
「そうです。」
「状況を説明してもらえますか?」
「あ、はい…この人の手が…」
「こんな感じで触ってきたんや。」
「ちょっ…と!」

が説明しはじめた途端、謙也がしゃしゃり出てきて説明を続けたところ、パコーンと良い音がした。

「いっ…!?再現したってるんやろ…」
「だからって、そんな触らなくていいでしょ!」
「…えー、説明を続けてもらえますか?」
「あ、すみません。」

謙也に一言耳打ちして説明を再開した。

「さっきは、ありがと。」

 

−Fin−

 

(2010/06/11)