嘘…嘘だと言って…?
涙の受け皿となりて
試合の前に周助は言った。
「行ってくるね。」
少し冷めた、低い声。
そのとき、胸の奥がガサッとざわついたのがわかった。
何か、嫌な予感がする、と。
*
「いや、攻めてるのは不二だ!」
相手チームの選手が冷静に、且つ真剣に試合展開を読む。
いつものようにカウンターを使わない周助。
(どうしてカウンターを使わないの?)
確かに、これは青学の勝敗を左右する重要な試合だ。
しかし、ここまで周助が攻撃的で攻めに徹する姿は見たことない。
「気をつけて、周助…」
相手の闘争心は並大抵じゃない。負けないで…
一瞬、周助の動きが止まった。ほんの一瞬だった。
「しゅう…!」
何が起きたのかすぐには理解できなかった。
相手のボールが…周助の頭に…?
起き上がった周助はボールを受け取って試合を再開した。
気づいた者はそう多くはないだろう。ボールを受け取る際、周助の手が空を掴んだことを。
その後、周助はどんどんポイントを取られ、一方的なゲームになった。
「、どこへ行くんだ?」
「ごめん、乾。ちょっと抜けるから試合がどうなったか後で教えてね。」
「あ…あぁ、それは構わないが…」
何か言いたげな乾を残し、は一人、試合観戦から離脱した。
冷水に顔を浸す。頭の中に入ってくるのは蝉の声と人々のざわめき。
周助の目が見えなくなった。
誰か、嘘だと言って…!
呼吸をするため顔をあげた。
顔全体は冷たいのに、目元だけが熱を帯びる。
試合を見たくない。周助のあんなに苦しそうな表情を、今まで一度も見たことがなかった。
私の知ってる、周助じゃない。
水道の横に並んでいるベンチに座り込んだとき、コートの方から歓声が上がった。
(どうなったんだろ。)
気になるけれど、見たくない。会うのが怖い…
「あいつ、どうなっちまうんだろうな。」
「大丈夫だろぃ?前の橘みたいにケガしてるわけじゃないんだからよ。」
男子生徒二人が目の前を通り過ぎ、水飲み場にやってきた。
このユニフォームは、相手チームである立海…
「おい、お前なんなんだ?」
気がついたらその二人の前に立っていた。握る拳に力が入る。
悔しい…こんな奴らに…
は怒りの矛先をその二人に向けるのをやめ、コートの方へ走り出した。
*
「不二先輩、お疲れ様です!」
「よくやったな、不二!」
一方その頃、青学サイドでは賞賛の声が上がっていた。
「不二…」
「どうしたの、乾。は?」
「そのことなんだが、試合の途中からどこかへ行ったきり帰ってこないんだ。」
不二は頭にピンときた。
「途中って、いつぐらいから?」
「お前が切原のボールを受けたあたり、しばらくしてからだ。」
「そう…ありがと。」
不二は疲労した身体に鞭打って走り出した。
きっとは…きっと…
*
「あれ…?コートはこっちじゃ…」
試合会場は思った以上に広い。方向音痴であるは案の定道を間違えた。
ドクン、と一回胸を打ったとき、それは起こった。
「周…っ」
自分の悪い癖だ。何かあるとすぐに逃げだし、泣く。
直そうと努力しつつも一向に直る気配がない。
毎日周助に迷惑をかけてばっかりで、何一つ彼に返せていない。
私、なんて酷い人間なんだろう。試合の応援も途中で放棄して…
「やっと見つけた。」
顔をあげるといつもの笑顔があった。
「の声が聞こえないと思ったら、またどこかへ行ってたんだね。」
「周助…目はっ…だいじょ、大丈っ…夫…?」
「うん、もう平気だよ。…やっぱり気づいてたんだ。」
「よかった…私、心配っ、心配で…っ」
「ありがと、。でも僕は…目が見えなくなることよりも君を失う方が怖い。だから、どこにも行かないでくれるかい?」
「うん。」
たとえ視力を失っても、必ず君をさがし出す。
僕にはこの泣き虫さんがいなくちゃ駄目なんだ。だって…
「さぁ、みんなの所へ戻ろうか。その真っ赤な目をお披露目しなくっちゃ。」
「や、やめてよ!お披露目は…。それより周助。」
「ん?」
「試合、ちゃんと見れなくてごめんね。」
心配性で泣き虫だけど、僕をまっすぐ見てくれる君が好きだから。
−Fin−
(2008/04/16)