嘘…嘘だと言って…?

 

涙の受け皿となりて

 

試合の前に周助は言った。

「行ってくるね。」

少し冷めた、低い声。
そのとき、胸の奥がガサッとざわついたのがわかった。
何か、嫌な予感がする、と。



「いや、攻めてるのは不二だ!」

相手チームの選手が冷静に、且つ真剣に試合展開を読む。
いつものようにカウンターを使わない周助。

(どうしてカウンターを使わないの?)

確かに、これは青学の勝敗を左右する重要な試合だ。
しかし、ここまで周助が攻撃的で攻めに徹する姿は見たことない。

「気をつけて、周助…」

相手の闘争心は並大抵じゃない。負けないで…
一瞬、周助の動きが止まった。ほんの一瞬だった。

「しゅう…!」

何が起きたのかすぐには理解できなかった。
相手のボールが…周助の頭に…?
起き上がった周助はボールを受け取って試合を再開した。
気づいた者はそう多くはないだろう。ボールを受け取る際、周助の手が空を掴んだことを。
その後、周助はどんどんポイントを取られ、一方的なゲームになった。

、どこへ行くんだ?」
「ごめん、乾。ちょっと抜けるから試合がどうなったか後で教えてね。」
「あ…あぁ、それは構わないが…」

何か言いたげな乾を残し、は一人、試合観戦から離脱した。
冷水に顔を浸す。頭の中に入ってくるのは蝉の声と人々のざわめき。
周助の目が見えなくなった。

誰か、嘘だと言って…!

呼吸をするため顔をあげた。
顔全体は冷たいのに、目元だけが熱を帯びる。
試合を見たくない。周助のあんなに苦しそうな表情を、今まで一度も見たことがなかった。
私の知ってる、周助じゃない。
水道の横に並んでいるベンチに座り込んだとき、コートの方から歓声が上がった。

(どうなったんだろ。)

気になるけれど、見たくない。会うのが怖い…

「あいつ、どうなっちまうんだろうな。」
「大丈夫だろぃ?前の橘みたいにケガしてるわけじゃないんだからよ。」

男子生徒二人が目の前を通り過ぎ、水飲み場にやってきた。
このユニフォームは、相手チームである立海…

「おい、お前なんなんだ?」

気がついたらその二人の前に立っていた。握る拳に力が入る。
悔しい…こんな奴らに…
は怒りの矛先をその二人に向けるのをやめ、コートの方へ走り出した。



「不二先輩、お疲れ様です!」
「よくやったな、不二!」

一方その頃、青学サイドでは賞賛の声が上がっていた。

「不二…」
「どうしたの、乾。は?」
「そのことなんだが、試合の途中からどこかへ行ったきり帰ってこないんだ。」

不二は頭にピンときた。

「途中って、いつぐらいから?」
「お前が切原のボールを受けたあたり、しばらくしてからだ。」
「そう…ありがと。」

不二は疲労した身体に鞭打って走り出した。

きっとは…きっと…



「あれ…?コートはこっちじゃ…」

試合会場は思った以上に広い。方向音痴であるは案の定道を間違えた。
ドクン、と一回胸を打ったとき、それは起こった。

「周…っ」

自分の悪い癖だ。何かあるとすぐに逃げだし、泣く。
直そうと努力しつつも一向に直る気配がない。
毎日周助に迷惑をかけてばっかりで、何一つ彼に返せていない。
私、なんて酷い人間なんだろう。試合の応援も途中で放棄して…

「やっと見つけた。」

顔をあげるといつもの笑顔があった。

の声が聞こえないと思ったら、またどこかへ行ってたんだね。」
「周助…目はっ…だいじょ、大丈っ…夫…?」
「うん、もう平気だよ。…やっぱり気づいてたんだ。」
「よかった…私、心配っ、心配で…っ」
「ありがと、。でも僕は…目が見えなくなることよりも君を失う方が怖い。だから、どこにも行かないでくれるかい?」
「うん。」

たとえ視力を失っても、必ず君をさがし出す。
僕にはこの泣き虫さんがいなくちゃ駄目なんだ。だって…

「さぁ、みんなの所へ戻ろうか。その真っ赤な目をお披露目しなくっちゃ。」
「や、やめてよ!お披露目は…。それより周助。」
「ん?」
「試合、ちゃんと見れなくてごめんね。」

心配性で泣き虫だけど、僕をまっすぐ見てくれる君が好きだから。

 

−Fin−

 

(2008/04/16)