「あの…あそこにいる、ほら背筋のいい…」
「人多すぎてわかんないよ。」
「だから、あの髪の毛サラサラな人だって!」

 

ラストチャンス

 

一世一代の大仕事を計画、実行。
2年間追い続けたあの人はもうすぐ卒業を迎える。
今日は最後の部活の日。ならば、玉砕覚悟で思いを伝えてしまおう。
と意気込んだのはいいものの、相手はテニス部部長。
後輩に世話を焼いているだけで1日が過ぎていくような人だ。時間をとってもらえるわけがない。

「日吉先輩…」
「時間なさそうだったら、放課後の帰り際に突っ込んで行くのはどう?」
「そ、そうだね。やってみる。」
「頑張るのよ、!」

部活に行く前、にはそう宣言した。
そこら中に落ちているテニスボールや散らかったタオルの片付けの最中、部員の喧騒を切り裂くキレのよい音があたりに響く。
レギュラー陣のいるコートへ目をやると、日吉先輩と樺地先輩が今日の締めに打ちあいをしていた。
ラリーの音は延々と続いて途切れることはない。この光景を見ていられるのも、あと数日だけ。
地面に転がっている最後のボールを拾い上げると、瞬く間にコートから人が消えていった。これが帰宅の合図だ。
部長も打つ手を止め、部室に戻ろうとしていた。
堪えきれない思いが口を突いた。

「ひ、日吉部長!」
「なんだ?」

足を止めた、前方一直線の人物と視線がぶつかった。
キリッとした瞳が喉の付け根を締め付けている。あの言葉が、出ない。

「な、なんでもないです…」
「用がないなら早く帰れ。時間も遅いからな。」
「…はい。」

言えなかった。
言ってしまうのが怖くて、口を閉じた。少し、距離が離れていたからかもしれない。
伝える勇気がないのは自分でもすぐにわかった。
部長に言われた通り身支度をして、私は部室を出た。
部活が終わるまで待っててくれたには部長に告白していないことを告げたが、は何も言わなかった。
校門の前まで差しかかったとき、ふと思いついた。

(今日が部活最終日なんだからきっと…)

、どうかした?」
「ちょっと忘れ物取りに行ってくる。」

をその場に待たせたまま、テニスコートまで戻ってきた。
辺りはもう暗くなっていないとおかしいのに、ライトが煌々とついている。
やはり、いた。誰もいないコートの真ん中に部長が立っていた。
今なら誰もいない。これを逃せば、もう二度と機会は得られないだろう。

「日吉部長!」

私はフェンスの扉を開いて、部長の下へ駆けていった。

 

−Fin−

 

(2009/10/26)