白い扉を開けて名を呼んだ。

 

一口話

 

幸村がまだ療養中だった頃のことだ。彼は常に病室で一人だった。

「やっと来た、小悪魔さん。今日はちょっと遅かったね。」
「どうして私が悪魔なのよ。」
「いくら言っても名前で呼んでくれないから。」
「それは名字の方が言いやすいだけで…」
「…焦らしてるんだろ?」
「ちっ、違うよ!…それより、今日の分。はい!」

テンポの良い会話が白い壁に吸い込まれていく。
幸村はこの時間を毎日楽しみにしているのだ。
いつ学校に帰ってもいいよう、にはノートを持ってきてもらうわけだが…
正直なところ、毎日持ってきてもらうのは辛いだろう。

「さっさと写してよ、ゆ・き・む・ら。」
「はいはい。」
「いっそのこと真田に見せてもらいなよ。」
「真田とはクラスが違うし、それに…」
「それに?」
「真田の字は達筆で読みやすい。けど、重要な部分を全て筆ペンで書いているから、写す気が失せる。」
「あー…」

一瞬、空調がききすぎている気がした。
顔は笑っているが、心は明らかに嫌悪の色を濃くしていた。
その場の空気を変えようと、はお土産を取り出した。お菓子の詰め合わせ(大層なものではない)だ。
コンビニの袋から一つずつ取り出すと、机にはもう物を一つも置けなくなった。

「買いすぎ…じゃないかな。」
「体力つけるにはお菓子とガムだってブン太が言ってた!「それはちょっと違…」…あ、このお茶折り紙ついてるー。」

見事に的確なツッコミをスルーされた幸村はため息をひとつつく。

「つくってみる?」



三角、三角、開いてつぶす。
仕上げに空気を吹き入れ、しっぽをハサミで切る。

「この間千羽鶴をつくったとき、赤也がこんなのつくって真田に怒られてたんだよ。」
「目に浮かぶなぁ、その状況。罰は部室とトイレ掃除だね。」

ペンを取り出し、足のついた鶴に落書きをした。鶴の顔が真田になっている。

「か、かわいそー」

二人は腹を抱えて笑った。

「こういうのって楽しいよね。」

彼の背後に黒い影が差したことをは知らない。




一折り、一折り。少しずつ姿をなしていく。

「何つくってるの?」
「さぁ、何だろう。」

サッと上に折り、それは完成した。兜だ。幸村は兜を先程の鶴に被せる。

「必ず戻ってきてね、精市。」

呼吸の沈黙が物語ったのは、揺るぎない、感情。

 

−Fin−

 

(2008/05/24)