、これは要らないの?」
「だ、だめ!」

 

Don't throw it away

 

(危うく母さんに捨てられるトコだった…)

この紙は捨てないで。ただの紙切れじゃないの。だってこの紙は…



まだ肌寒い三月の終わりだった。
忍足君は卒業式が終わると、東京へ引っ越して私とは違う中学校に入学するそうだ。
臆病な私はただ彼を目で追うことしかできずにいた。
最後にせめて伝えておきたい気持ちとは裏腹に、行動は消極的になってゆく。
意気地なしの心は、グニャリと潰れて小さくなっていた。

、メモ貸してくれへん?」

目の前に、忍足君がいる。
あいにく、愛想の良い表情とは言えない顔のまま、メモと鉛筆をさっと差し出す自分を我ながら情けなく感じた。

「お別れやな。」
「そうだね。」

その一言、ひとことを全て記憶にとどめておきたい。
鉛筆が紙と擦れる音がこんなにも愛おしいなんて、思ってもみなかった。
忍足君はメモに何か書き終えると二つ折りにした。

「これ、誕生日に見てな。」
「なんで?」
「ええから。」

私の筆箱にそのメモと鉛筆を戻した。誕生日より前に見たらあかん、と念を押して。

私の誕生日と忍足君の引っ越しの日が同じだという事実に気づいたのは夕方だった。
卒業式も過ぎ、学校の授業もない怠け者と化した私は両親からプレゼントをもらい、ケーキを食べ、そんなことはすっかり忘れていた。
気持ちを伝えられず終い。それどころか、最後のお別れまでできなかったなんて。見送りくらいしておけばよかった。
ふと忍足君が書き残したメモを思い出す。
何が書かれているのだろう。筆箱を探って二つ折りのメモを開いた。


「うそ…」

私はメモを読むなり家を飛び出し、誰もいなくなった忍足家へ走った。
静まりかえった屋敷が冷たく私を嘲笑う。
こんな誕生日を、私は望んでいなかったのに。

『好きやったで』

この紙は捨てないで。ただの紙切れじゃないの。
だってこの紙は…彼が残した大切な愛の印。

 

−Fin−

 

(2008/02/07)