"カウンターショック"
心室細動,無脈性心室頻拍などの致死性不整脈や,心房細動,心房粗動,発作性上室性頻拍,心室頻拍などの頻拍性不整脈に対し,これらを洞調律に復帰させることを目的として直流通電する方法をいう。

私、にとって彼、不二周助はまさにカウンターショックだった。

は面白いことを言うね」
「周助君、私はちっともおもしろくないよ。大真面目だよ」



青春学園中等部の入学式で彼に一目惚れしたのがまだ昨日のようだ。
クラス分けは奇跡的に一緒だった。2年生も、3年生も。
これを運命と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。
彼はテニス部のレギュラーで眉目秀麗、ライバルは数えきれないほど。
だから正直言って諦めていた。
でも、3年間も同じクラスで、ずっと好きだった。
だから、もうこの際玉砕してもいいやって思っていた矢先、放課後に彼が一人で居る所を偶然見つけて何も考えずに口から飛び出してしまったのだ。
私の恋心というものは。

「不二君、好きです」

ザァと風が吹いて今の言葉を掻き消してくれていればよかったのに。
カメラを花壇の花に向けていた彼は私に顔を向けたせいで花を見ずにシャッターを切った。
一眼レフのレンズは携帯のレンズとは比べ物にならないほど大きくて私の泣きそうな顔を映してしまいそうだ。

嗚呼、なんで言ってしまったのか。

無言で人当たりの良い笑みを浮かべている彼の表情がわからなかった。
この3年間ずっと彼を見ていて顔色はわかっていたのに、だ。
今はまるで見当がつかない。

さん」

中性的な彼の声に心臓が止まりそうになる。
次に発せられるのは拒絶の言葉か、謝罪の言葉か。
目を瞑り顔を伏せた私にその言葉は襲い掛かってこなかった。
寧ろ、なんの言葉もなかったのだ。
目を開けて前をみれば彼が口元を抑えてそっぽを向いていた。
どうしたんだろうか。
気分が悪いのだろうか?
恐る恐る声をかけた。

「あの、不二君、具合が悪いの?」

彼の細められていた目がうっすらと開き私を映す。
心なしか顔が赤い。もしかすると季節外れの夏風邪を引いたのだろうか?

「不二君、顔が赤いよ?熱があるなら早く帰った方が…」

そこまで言いかけて私は気が付いた。
彼の顔の赤さは私の赤と同じだということに。
これは喜ぶべきなのか、夢だと思うべきなのか。
いっそ夢でも私は構わないのだけれど。
いや、嘘です。夢なんかじゃなくて現実が良い。
だって、私は不二君がずっと好きで、私の勘違いじゃなければ彼も同じ気持ちでいてくれた。
そう自惚れてもいいじゃないですか。

「僕、まさか君が僕をそういう対象に思っているなんて思わなくて」
「そんなことないよ、私は不二君のことが1年生の時から好きだもん」
「ずっと?」
「うん、ずっと、ずーっと、不二君が好き。大好きです」

吹っ切れてしまったように私の口からは彼への思いが溢れ出てくる。
私が好きと言うたびに彼の頬は赤くなりついには、もうやめて。とまで言われてしまった。
それくらい私は不二君が大好きなのだ。

「君は英二が好きなんだと思ってた」
「菊丸君?確かに私は菊丸君とよくお喋りしてるけどそれは好きなアイドルが一緒だからだよ」
「チョコレーツだっけ」
「そう、菊丸君はファンクラブに入っているから新譜情報が早いんだよ」
「じゃあ、英二が好きってことは」
「絶対に無いよ。私が好きなのは不二君」
「わかった、わかったから…ああもう顔が熱い」

彼の白くて綺麗な肌が傍に咲いている赤いベゴニアと同じくらい真っ赤になっていた。
私の中で不二君はいつも涼しい顔でたまにさらりと毒を吐くそんなところさえも愛おしいと思えるほど素敵な人だった。
今だってそう思っている。そこに可愛らしい一面があるという項目が増えただけ。

「不二君、不二君。それで私は不二君の赤い顔をどうしたら元の綺麗な顔に戻せるかな?ううん、今だって十分綺麗で格好いい素敵なお顔なんだけどね、やっぱり白くて涼しげな顔をしている不二君が一番不二君らしいかなって私の勝手な考えなんだけど。どうしたらいいかな?」

彼より10センチほど背の低い私は赤く染まった彼の頬に手を伸ばしそっと触れてみた。
拒絶されずに触れた肌は熱くて柔らかくて全身の神経がその指先に集中していると錯覚するほどに彼を感じられた。

「…っ…ああもう、君はどうしてそうなんだ」
「どういうこと?」

触れた指先を引っ込めようとしたその時、私の指は彼の指に絡めとられ動かなくなった。
何か言わなければ、そう思いつつも彼の瞳に映る自分と見つめ合うことしかできない。
まるで心臓が止まってしまったかのように動くことのできない私の顔に彼の綺麗な顔が近づいて触れるだけのキスを与えられた。

「不二、君」
「僕も、好きだよ。さん」

今度は私が赤くなる番だった。
さっきまで止まっていた心臓が物凄く、早く動き出す。



「だから周助君は私にカウンターショックをしたんだよ」
「つまり僕は君のAEDってことになるの?」
「そうかもしれないね」

奇跡的な、運命的な出会いをして恋をした私は周助君の恋人になって数年が経つ。
高校を卒業して、大学に入り同棲している私たちはきっと結婚するだろう。
喧嘩もしたし別れそうになったこともある。
でもいつも私が一方的に怒って、泣いて、突っ走って、それを周助君は宥めてくれる。
だから私にとって彼はカウンターショックなんだと思う。

だって、彼はキス一つで私の怒りも悲しみも正常な状態に戻してしまうのだから。
正確に言えば、彼のキスがわたしにとってのカウンターショックなんだよね。

「じゃあ」

そう言って彼は私に触れるだけの優しいキスをくれる。


ほら、私のさっきまでのムスッとした気持ちも何処かへ行ってしまった。

 

−Fin−

 

(2015/05/10)