Once upon a time...
赤ずきんは遠くの森の中に住んでいるおばあさんのお見舞いに行きました。

 

朱ずきんPart.1

 

夕日が大きい。目の焦点には大きすぎて周りが少しぼけて見える。
明るい、暗い、明るい。校舎のあちらこちらに存在する影が色濃くなる前に家に帰ろう。
帰る用意を済ませ、部室の鍵を閉め、校門のレールを跨ごうと右足を伸ばしたとき、道の反対車線にある自販機でジュースを買おうといった衝動に駆られた。
財布はいつも副鞄の決まった場所にしまってある。鞄から取り出そうとファスナーの持ち手をさがすが、いっこうに見つからない。
鞄がないからだ。

「教室行ってみる。」
「じゃぁ、ここで待ってるね。」

を校門に残して校舎に向かう。今は財布が一番大事。今月のお小遣いを昨日入れたばっかりだからだ。
履き替えた靴をまた上靴に掃きなおして、つま先をトントンとしたときだ。

「おっ、どこ行くんじゃ?」

よく耳にする声がした。隣のクラスの確か…仁王くん。
何かのラケットケースを携えている。テニス部だったような、曖昧な記憶がうっすら浮かび上がってすぐに消えていく。
そんなに親しくもないが、仲が悪いというわけでもない。いわゆる、普通。
仁王くんが靴箱にもたれかかりながらニコっと笑う姿は絵になっていて、女性が見ても嫉妬したくなる。
カッコイイとか、キレイとか、色々思うことはあるけれど、私自身には関係のないことです。

「教室に忘れ物しちゃって…ごめん、私今急いでるから。」
「おー、そうじゃ。さっきが集合写真がどうとか、言っとったぜよ。」
「え、くん今どこにいるか知ってる?」
「職員室の方。」
「あ、ありがと。じゃ!」

走ると危ないぜよ、と軽く注意する横を走り抜けて廊下を一直線に職員室まで向かった。
今日は忘れ物続きだ。部活で撮った集合写真の集金のことを忘れていた。
期限は明日の朝なのにあいつだけ未納。急いでるときになんて間の悪いこと。
職員室の手前まで行くと、くんが封筒を握りしめながら壁にもたれかかっていた。

「あ、いたいた。」
「こ、これ。写真代。」
「おつりないようにしてくれた?えっと、1、2、3…500円ちゃんとあるね。」
「あ、あのさ、前から言いたかったんだけど…」
「何?私急いでるから手短にお願い。」

くんは俯いて、動きそうにない唇をただただ震わせていた。

「なんでもねぇ。またな。」
「うん、じゃぁね。」

別れを告げると、走って階段を駆け上った。暗い、明るい、暗い。
夕焼けの日差しの量も少しずつ減少し、窓から差す光も弱まってきた。
足がもつれてつまずきそうになりながら教室のドアを開けると、先程通り過ぎたはずの人が机に腰掛けていた。

「仁王くん?さっき帰ったんじゃ…こんなところで何してるの?」
「お前さんを待ってた。」
「私を?」
「あぁ、そうじゃ。」

口角が少しあがった。表情を言葉で表すと、ニヤリ。
目を逸らして窓際にある自分の席まで入ると、机の横に鞄が掛けてあるのを見つけた。
鞄をフックから外して財布を探す。あった、中身も盗られていない。
安心して振り返ったら、すぐ後ろに仁王くんが突っ立っていて思わず声が出た。

「わっ」
「忘れ物はそれじゃな?」
「うん、この財布。」
「実は、俺も探し物しとるんじゃ。何かわかるか?」
「仁王くんが探し物?それなら自分のクラスを探してきた方が…」
「目の前に、あるぜよ。」

一歩ずつ近づいてくる仁王くんに、反射的に後ずさりしてしまう。
背中に冷たい感触があって、それが壁だと気づいた。それでも仁王くんは前に進む。
視界がだんだんと彼で埋め尽くされていく。

「仁王…くん、なんでそんなに近づいてくるの?」
「それは……お前さんをいただくためじゃき。」

あっという間だった。狼は赤ずきんにとりかかり、抵抗できないように腕を押さえて唇を喰らった。
ペロリと舌で唇を一周する。身体が死んだように硬直して動かない。
仁王くんが獲物の味を楽しんで余韻に浸っていると、背後で鉄砲の音がした。

「ちょっと、に何してんのよ!」

言葉を理解するのが早いか、脳に伝わる信号が余韻から痛みへと変わった。
左頬が痺れている。痛みと疼きと、途切れることなく流れている頬の血の循環が激しくて意識がそちらにいく。
思わず頬に触れた。熱を孕み、少し腫れ上がっていた。
拍動が落ち着いて、気がつけば捕らえていたはずの獲物と狩人が姿を消していた。
そうか、俺は獲物に逃げられたんやの。
知らない女子にビンタ喰らって、あいつには何も言えずに逃げられた。

「不覚じゃ。」

暫く、狙うのはあの甘い乙女だけでええかもしれんのぅ。
狼はしっぽをたなびかせて教室を後にした。

 

−Fin−

 

(2009/02/24)