何だろう。
どうしてこんなに背筋がぞくぞくするんだろう。

 

Unhappy Birthday

 

その日は朝から何だか嫌な予感がした。
風邪をひく前はこんな風に背筋がぞくぞくするような感覚に陥ることもあるけど、今日は何だか違った。
そう、「嫌な予感」がするのだ。
それが何なのかは全く分からないけれど、何となく予想がついてしまう所が嫌。
多分、それは「アイツ」絡み。
うん、間違いない。
あの変態に決まってる。

朝、大学に登校して驚いた。
何だかよく分からないものがそこにいた。
目を背けたいのに、目を背けられないだけの威力があった。
そこには、一瞬宝塚の人でもいるのかと思う程に煌びやかで豪華な衣装に身を包む夜神月がいた。
その手には余る程の薔薇の花束を抱えて目敏くこちらを見つけたヤツは、その重そうな衣装をものともせず颯爽と歩きだしてくる。
その様子に何故かひどく恐怖を覚えて思わずダッシュして構内に入った。
しかしそれは間違いだった。
朝一の講義のある講義室。
その講義は指定席なのだが、私の座るはずの席に大量の花が置かれていた。
それは隣の席まで浸食しており、隣の席の男子がその席の前で途方に暮れていた。
一瞬もの凄く帰りたくなった。

さん。」
「うひゃあっ!!」

背後から突然話しかけられ、思わず手に持っていた荷物を全て放り投げてしまった。
その内のひとつが見事にその人物にヒットしたらしく、頭をさすりながら少し不機嫌な顔をしている。

「ご、ごめんね、流河君。大丈夫?」
「ええ、気にしないで下さい。」

そこにはその言葉とは裏腹に何度も頭をさすっている流河君が立っていた。
そんな彼に苦笑いをしながら、再度自分の席を振り返った。
このまま帰ってしまおうかなとも思ったのだが、流石にあれを処理してからでないと周りの人に迷惑がかかるよね。
それにしても、何でこんなものを・・・・・・・・・
そんなことを考えていた時。

「やぁ、おはよう。どうして逃げるんだい?」
「当たり前でしょ!!」

後ろから聞きたくなかった声がかかった。
追いついてきたか。
後ろを振り返ると、目には見えない花を辺りにまき散らしながら夜神がポーズを決めて立っている。

「そうですよ。迷惑です。」

流河君がずいっと私と夜神との間に割って入った。
相変わらずの猫背を少しだけ正したのはこの変態と少しでも同じ目線になろうとしたからかもしれない。
2人の間にピリピリとした空気が漂っていた。

「流河か・・・・・・・・・お前に言われたくないよ。」
「私は彼女の迷惑になるようなことは何もしていませんが。」
「僕は知っているんだよ、流河。君が今日のの講義終了の時間に合わせてリムジンを用意しているのをね。」
「ええっ!!?」
「・・・・・・・・・」

流河君を振り返れば、その表情を読み取ることはできないものの、どこか悔しげな顔をしていた。
どうやら本当のことのようだ。

「どうしてそんな・・・・・・・・・」
「おや、さん、今日が何の日か忘れたんですか?」
「えっ、今日何かあったっけ?」

今日は別に何かの祝日でもないしなぁ。
何かおめでたいことでもあったっけ?
アカデミー賞のお祝いなんてここですることでもないし。

・・・・・・・・・今日は君の誕生日だろう。」
「えっ、そうだったっけ?」
「そうですよ。さんは19年前の今日、午前0時14分37秒に生まれたんじゃないですか。」
「あのー、流河君?何でそこまで知ってるんでしょう。」
「企業秘密です。」
「変態だな。」
「月君に言われたくないですね。
月君もさんの席を花で埋めつくして、迷惑だと思わないんですか?
始終彼女を追い回しては彼女を怖い目にあわせているでしょう。」
「怖い目?勘違いもほどほどにしてくれないか?
僕はを愛している。
そしても僕を愛してくれている。
ならばの誕生日を出来得る限り盛大に祝うのが僕の使命だろう。」
「それこそ勘違いですね。ほら、さんも頷いていますよ。」
「ほんとほんと。いい加減にして欲しいのよね。」
・・・・・・・・・僕は本当に君を愛しているんだ。」

突然真剣な目をした夜神は流河君を押しのけ、その瞳を何故かキラキラさせながら迫ってきた。

、今からでも遅くはないさ。
僕の想いを受け取ってくれ。そして2人で至上の愛を築いていこう!!」
「いーやっ!!ちょっと離して!!」

がっしりと肩を掴まれ逃げ場のなくなった私はとにかくその手を振り払おうとするのだが、そこはやはり男。
どんなに頑張っても離れない。

・・・・・・・・・」
「やっ、ちょっと離してってば!!」

助けを求めて周りを見てもみんな目を背けてしまう。
ちょっと何でみんなコイツに協力的なの!?
はっ、流河君は!?
流河君はどこに行ったの?
必死に迫ってくる夜神の顔から自分の顔を逸らせたその時、ものすごい衝撃が肩に走った。
夜神の手が勢いよく離れたのだ。
いったい何が起こったのかと顔を戻すと、目の前で夜神がのびていた。
その横で脚をやや開いた状態で片手を床に付けた流河君がいる。
どうやら流河君がコイツに跳び蹴りをしたらしく、周りの女子が壮絶な顔をしていた。

「大丈夫でしたか?さん。」
「え、ええ、まぁ・・・・・・・・・」
「おいそこ!何をやっている。」

気を失った変態と目の前で平然としている流河君の扱いに困っていたその時、講義室の前の方から大きな声がかかった。
講師の先生がいらっしゃったのだ。

「またお前たちか。この花は一体何なんだ?それに、夜神は・・・・・・・・・」

夜神の奇抜なファッションを見て絶句する先生は近くにいた男子数人にとりあえず夜神の席まで運ぶように指示し、
私を含めた女子数人に花の処理をするように言った。
その際みんなに謝って回ったのは、言うまでもない。
誕生日なんてしばらく忘れてたけど、思い出したくもない誕生日だった。
来年は平穏な誕生日であってほしいと切に願う一日だったのでした。

 

−Fin−