「明日1日だけ私と付き合って。」

 

SKY'S THE RIMIT

 

昨日の晩、突然そんな電話がかかってきた。
何かあったのか、ただ買い物に付き添うだけといったことなら問題はないが、跡部は次の句に疑問を抱いた。

「ごめん、別に好きじゃないから!」
「アーン?訳のわからねぇこと言ってやがる。」
「1日だけ彼氏面してくれたら助かるの…人助けと思って、さ!」
「他のやつに頼め。」
「オ・ネ・ガ・イ!」
「…ちっ、しょうがねぇな。」

跡部は電話を終えるとひとつため息をした。

(相変わらず話が読めねぇ…アイツは特に。)



何もない平凡な朝を迎えた跡部は、いつもより少し早めに車を用意させた。
今日一日は仮の彼氏。ならばやるべきことは決まっているだろう。

「遅いぞ、さっさと用意しろ。」
「な、なんで迎えにくるの!」
「テメェが昨日要求してきたんだろ。」
「こんなの頼んでな…」
「文句があるなら止めるぞ?」
「うっ…」

は苦い表情を見せながら跡部の寄越した車に乗り込んだ。
通学の送迎にしては高級すぎる車だ。ふかふかのシートに居心地の良さを感じながら跡部の横顔をちらりと見た。
何も変わらない、普段と同じ表情。
こんなどうでもいいような頼み事なのに、ちゃんと付き合ってくれたことに感謝したい。
今日一日だけはなんとしてもこのまま切り抜ければ…
学校に着いてからも、跡部は必要以上ににくっついていた。
どこからどうみても"付き合っている"ことを見せびらかしているようにみえる。
廊下を移動するときでさえ、肩を寄せてホールドされている。

「ち、近すぎじゃないかな…」
「俺とは付き合ってるんだ。なぁ、樺地?」
「ウス」
「か、樺地君に了解得なくても…」
『で、そろそろ理由くらい話してもいいんじゃねーのか?』

耳元で囁く低めの声にドキリとした。この事を今伝えるべきだろうか。
もう少しだけ、このままでいた方が…

『夕方になったら、わかるから。』



陽射しが斜めから当たる午後。二人の影が長く長く先まで伸びている。
は午後から何も喋らず、しかし跡部の傍を離れないでいた。
跡部も聞いてこない。部活が終わってからも、ただ一緒に並んで立っていた。

帰りも送ろう、必要以上の言葉は発せず静かな時間が流れている。

「ねぇ、跡部…」
「あーん?」
「その…頼んだ訳なんだけど…」
「やっと出てきたか!」

の言葉を遮るように、耳を劈く大きな声が前方からとんできた。
その姿を見てが硬直しているのが跡部にはすぐわかった。理由はコイツか。

「待ちくたびれたぜ、!」
「テメェ、俺の女を気安く呼ぶとは良い度胸じゃねーの。」
「ハァ?お前の?」

男が一歩前に出ると、反射的には一歩後ろへ下がり、跡部の背中に隠れた。

「俺のオンナを返してもらおうか。」
「あなたのモノになった記憶は…ない!」
「俺が惚れたんだから俺のオンナだ。」
「おい、テメェまさかフラれたから付きまとってたのか?」
「うるせぇ!」

男の拳が唸る。跡部めがけて拳を飛ばした。が、ピタリとその動きは止まった。
が跡部にキスをしていたのだ。

「なっ!?俺の」
「これで、わかったでしょ?」
「くっ・・・」
「失せな、見苦しいぞ。」

完全なる負けだ。男は理解した。
男がしょぼしょぼと肩を落として帰っていく様を見て、跡部は口を開いた。

「アイツが原因…」
「ごめんなさい!」
「…は?」
「その…恋人のフリとは言えど、いきなりあんなことして…本当にごめんなさい!」
「おい、お前…」
「帰りは送らなくていいから、本当に1日ありがとう。じゃぁね!」

跡部の言葉を遮るように、急いた口調で喋り繋げたは足早にその場から駆け出した。
頼んでおいて無責任な、そう言ってやりたい気持ちよりも先に手が動く。
勢いをつけようとした身体が、止められた反動で反対方向へぐるんと傾いた。
腕の中にすっぽりと収まった身体は急速に熱を帯びた。

「まだ【今日】は終わってねぇぞ、あーん?」



結局、帰りも跡部の盛大な見送りを受けては帰宅した。
恥ずかしさが混じりつつも、一日の間に安心感を覚えてしまったらしい。
跡部に一言お礼の連絡を入れようと、電話を手に取った。

「俺だ。」
「今日はありがと。とっても助かった。」
「そうか…なら良かった。こんな茶番をするのは今日だけだからな。」
「うん、これからは何も無いことを願う。」
「じゃぁな。」

電話を置くと、少しばかりの睡魔がを包み込んだ。
横になって微睡んでいると、いつの間にか目を閉じて意識が薄れていった。



遠くで鳴った電話の音が眠りの時間を切り裂いた。
家のなかも外も、もう真っ暗だ。今、何時だろう?
時計に目をやると、短針と長針は共に12の数字を指していた。

「も、もしもし?」

恐る恐る電話に出た。

「俺だ。」
「あ、跡部…!?どうしたの、こんな時間に。」
「期間を延長する。無期限だ。」

 

−Fin−

 

(2015/05/11)

友人のシチュエーションリク「お互い合意の上で期限付きで付き合うってどういう状況?」より。