彼女は食べられていた。

 

夢は涙を攫え

 

正確には、彼女は食材となりつつある状況にあった。
ラクーンシティで起こった残虐なバイオテロの最中、レオンはまさに1体のゾンビに腕を食い千切られそうになっている彼女を発見した。
その頃のレオンはT-Virusの知識すらなく、生き残りたいという生への執着、そして、ただ一人でも多くの市民を救いたいという使命感で拳銃を握りしめていた。
刹那、彼女と目が合った。
瞳が生きたいと必死に訴えていた。
助けるべきか、見捨てるべきか、人の形をした怪物を目の前に躊躇していた人差し指がその瞬間動いた。
レオンの放った縦断にゾンビは血飛沫を上げながら崩れ落ちた。
彼女はと言った。
止血した腕は一部の肉が食い千切られて削げてしまっていたが、手指は動かせたので神経まで怪我は達していないようだ。
いつゾンビ化するかわからない状況下で、レオンは常に引き金から指を離せないでいたが、終ぞ変化することはなかった。

後からわかったことだが、はT-Virusに対する抗体保持者らしい。
抗体保持者同士、アメリカ政府には重宝される存在であった。
レオンとは会う機会も多く、顔を合わせる度に話が弾んだ。
惹かれ合うのも時間の問題だった。

「もう行くのか?」
「そろそろ出ないと会社に遅れるもん。それに、今日は早く帰ってこないとね。」

笑顔で鞄を提げた腕には事件の後が色濃く残っていた。
痣のような歯形を消すことは当時の医療技術でも可能だった。
レオンは怪我の跡を消すように薦めたが、はそうはしなかった。
彼女がいう”出会いの場の思い出”の一点張りは、正義のヒーローのような響きがして気恥ずかしくなり、レオンはそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。

、ちょっと顔を上げてくれないか?」
「こう?」

レオンがキスを落とすと、朝のレモンティーの味がした。

「ふふっ、行ってくるね。」



約束の時間はとうに過ぎていた。
外は大雨で、しずくの地面に叩きつけられる音が激しくなっていた。

「どうしたんだ……」

長針と短針がちょうど午前0時を指したとき、外から鈍い音がした。
車の急発進する音がその数十秒後に聞こえた。
胸の鼓動が速まるのをレオンは自覚した。
直ぐさま傘を広げて外へ出てみると、辺りは雨の静寂に包まれていた。
道路にはガラスの破片、雨に流れていく血痕、車の部品、そして黒いブレーキ跡がくっきり残っているケーキの先に、倒れている人がいた。
近づいて覗き込むと、そこに彼女がいた。

!」

意識はまるでなく、寝かせると目を閉じる人形のようだ。
何度か呼びかけているとうっすら意識を取り戻した。

「わかるか?俺だ!」
「レオン…あの、ね。ずっと伝えたかったことが…」
「何を言っているんだ。生きろ、生き続けろ!」
「あのとき助けてくれて、ありがと…っ」

”思い出”を握りしめると、はそれ以上何も言葉を発しなかった。
ただ笑顔でレオンを見つめていた。
瞳に映るのは非常に穏やかな表情と、自分の酷く歪んだ悲しい顔だ。
雨か涙か分からないものがのこめかみを伝った。
次第に呼吸が小さくなり、は深い眠りについた。
先ほどと変わらない雨の静寂にレオンは耳を傾けていた。

あのとき――
助けるべきだったのか、見捨てるべきだったのか。
ラクーンシティで既に彼女の命運はつきていたのか。
俺がを奪ったその仕返しに、死に神がやってきたのか。
動かぬを抱きながら、レオンは夢であればと強く願った。

 

−Fin−

 

(2013/05/12)

水瀬様のバイオ夢企画サイト『Darling』参加用で書き、(ゾンビ部分で)ボツになった短編です(笑)。